「学校くらい来いよ」という凶器の言葉。
先日、悲しいことが起こった。
僕は例にもれず、今学期もあまり学校に行っていなかった。
といっても、行くべき日は週3日。それすらもあまり行っていなかったのである。
確かにモチベーションは低い。
経済学部の勉強は理解不能な机上の空論。出席確認はなく、テスト一発で合否が決まる授業が多い。
通学は往復で2時間半。生活リズムも乱れているし、最近は関わっているNPO法人での不登校支援などを増やしたこともあり、心身ともに疲れていた。(その件については、支援できるレベルまで回復していないなとつくづく感じさせられたが・・・)
つらつらと理由らしきものを述べても、ただのサボりでしょ、で片付いてしまうものばかりである。自分でもそう思う。
それでも、果たしてそれだけの理由でずっと休み続けるものだろうか。。。
学校に行かない(行けない)理由は様々だが。
本当のところ、これといった理由があるのかもわからない。
そもそも不登校に理由を求めること自体が無粋なのだ。
開き直っているように聞こえるかもしれないが、そういうつもりではない。
学校に欠かさず行くことができるのはある種の能力だと思う。
世の中の人が当たり前だということ。もちろんそれは、ほとんどの人がやっているという点で当たり前である。
だが、大切なのは、その当たり前ができない人がいる、という認識だ。
目が見えること、親が守ってくれること、学校教育が受けられること。
そういったものは、当たり前であり、当たり前ではないのである。
不登校も、そういうことなのだと思う。
そうとしか説明ができない。
前置きが長くなってしまったが、先日あったことを話そうと思う。
僕はその日、意を決して、というわけでもないが、なんとなく頑張って大学に行こうと思い立ったのである。
実に、5週ぶり。それはもう心苦しい思いで、大学へ向かった。
授業後、今まで一緒に授業を受けていた友達(女)を見つけた。
友達の少ない僕にとっては、貴重な存在である。
彼女とも、1か月以上顔を合わせていなかった。気まずい。
基本的にはまじめで、やることはやって、ヤることもヤる、というのが彼女の信条だ。
1か月ぶりなのに、はたまた1か月ぶりだからなのか、反応が薄いことがわかった。気まずい。。。
次の授業も一緒だったので、休憩時間に隣に並んで、なんとなく会話をしていたのだった。
ここで、事件は起きた。
僕としては虫のいい話だが、来ていなかった時の授業のプリントを見せてほしい、とお願いしたのである。もちろん相手がいい顔をしないことは予想はしていたし、無理を言っているのは承知の上だった。
案の定彼女は渋るような表情で「えーーーーーーーーーー」と言った。
彼女「うーん、1枚1万円かな」
(空気、凍り付く)
ワイ「え、、、あの、もう少し安くしていただけませんか。。。?」
彼女「えーーーーー。うーーーん。じゃあ1枚2000円」
ワイ「・・・。それは暗にプリントは見せませんと言っているのでしょうか。。。?」
彼女「だって、ワイくん学校来てないじゃん」
ワイ「そうですね。。。。。。。。」
彼女「だってそれはさ、私たち(もう一人前の授業にはヘラちゃんという友達がいた)がプリント持ってるのを当てにして休んでるのがバレバレなんよね」
ワイ(そういうつもりではないんだが・・・・・・)
彼女「そりゃ学校来るのはしんどいよ。でも私だってヘラちゃんだって頑張って毎週来てるわけだしぃ、ヘラちゃんはワイ君より遠いところから時間かけて来ててぇ、それなのにプリントだけ見せるのはよくないと思うよ」
ぐうの音も出ない正論である。出るのはただただ涙だ。心の中で僕は泣いていた。
ワイ「そうだよねえ・・・・・・・・・・。」
彼女「そんなんでさ、大丈夫なん?これから社会出ていくうえでさ、その準備段階でいい身分の大学すらちゃんとしてなくて、もう23?今年23になる年でしょ。そんなんじゃいけないことくらいわかるやん。私だってしんどいけど頑張ってるしさ。誰だってそうじゃん。そりゃ人によってしんどさが違うのはあるかもしれないけど、やらなきゃいけないことはちゃんとしなきゃだめでしょ?わかる?」
僕は2個下の女の子にあろうことか説教されているのである。つくづく悲しい。
そりゃ言いたいことだってある。言い訳したいこともある。でも僕は黙っていた。
彼女は、僕が今言ったことを理解していないと思っていたのだろうか。
そんなことは言われなくても、当の本人が百も千も万も承知なのである。
裕福とは決して言えないひとり親家庭に育ち、無理をして学費を捻出し、私立の大学に通わせていただいている身分だ。僕が家にいる間に母は汗水たらして働いている。給与の問題で、やりがいのない仕事を続けざるを得ない。。。ごめんよ、母ちゃん。。。
問題なのは、それだけのことを理解しながら、それでも学校に行けないという事実なのだ。
僕は2歳年下の女の子の説教を聞きながら、悲しくなるのと同時に、ああこの気持ち、懐かしいな、と思った。
あれは高校の時。
僕は1年生の1学期はちゃんと学校に通っていた。成績もそこそこよかった気がする。クラスも男女ともに仲が良く、それなりに楽しく過ごしていた。
そして夏休み明け、学校に行かなくなった。いや、行けなくなった。
ズルズルと休んでは、余計に行きづらくなる。
次第に、友達が冷たくなっていったように感じた。学校に行っても、社長出勤が来たわ、という風に思われていそうな。。。
半分は思い過ごしで、半分は本当にそう思っていただろう。
席が前後でそこそこしゃべっていた女子も、冷たい態度をとるようになった。
人づてに聞くと、彼女は「学校くらい来いよ。」と言っていたらしい。
僕はそれを知ったとき、激しく傷ついた。
担任の先生にも、同じような説教を受けた。
大人になるにはちゃんとしろ、甘えるな。勉強は怠るな。誰だってしんどいんだ。ストレスはあるんだ。それでも頑張っているんだ、と。
仕事や家事を頑張りすぎていた母は、悲しい目で僕を見つめて話を聞いてくれない。息子が再び不登校になっているという事実を受け止められない。将来の不安もある。
中学生の時、心のよりどころだった塾の人たちも、「甘えてるだけでしょ」といったような態度で、誰も話を聞いてくれないばかりか、かなり強い口調で説教されたこともあった。
自分ですら、「自分は甘えているんだ・・・」と自責した。
誰も、僕のことを理解してくれようとはしなかった。
そりゃ、誰のことも信じられなくなるよな。
当時の自分の境遇を思い出して涙が出そうになる。
若干15歳の男の子だ。。。
僕は、半分ふたをして思い出さないようにしていたころのことを思い出していた。
話を戻そう。
つらつらと彼女に説教をされた後、僕は何も言わないでいた。
そりゃあ言いたいことだってある。
僕がそんなことをわかっていないとでも?プリントを当てにして悠々とサボっていたわけではない。学校は来れないけれど、バイトは遅刻も欠勤もしたことはない、とか。。。
でも、そんなことを言ったってなにもならないことはとっくに学んでいたから、何も言わない。
ただただ、学校に来れないことで友達を失ったこと、仕方はないけれど、解りあえることなんてないんだ、という事実に悲しんでいた。
人は、理解できないものに不快感を示す。
結局自分のものさしでしか考えられないのだ。
僕だって、友達を失うことや、こんなに辛い思いをすることと、学校に行くことを天秤にかけたら、学校に行った方がいいことなんてわかっているのだ。
不登校とは、それでも行けない病気なのだ。
そして、根性や気合、友情や愛で治るものではないのだと思う。
アルコールやたばこ、ドラッグやギャンブルの依存症と同じように。
今、僕と同じように不登校に悩んでいる人がいるなら、
行きたくても行けないと思っているのなら。
それはあなたの心が弱いからでも、根性がないからでも、感謝が足りないからでも不真面目だからでもない。
むしろ、何かに感じすぎてしまう、繊細で真面目な人なのではないだろうか。
繊細で真面目すぎるがゆえに、いろいろな人の言動に傷つき、自分の状況に怒りを覚え、自己反省を繰り返し、エネルギーはどんどん消耗していき、社会生活どころではなくなってしまう。
少なくとも僕はそうだったのではないかな、と思う。
そんな人に根性を押し付けたりとか、焚きつけるような説教をしたりだとか、殴ったりしたってまったくもって無駄なことなのだ。
必要なのは、理解してくれる人とコミュニティなのではないかと思う。
周りの人の理解があれば、ちゃんと働けるし、活き活きと輝けるのではないだろうか。
話が逸れていってしまったが、大学でのそんな出来事があり、日がな一日そんなことばかり考えては悲しみ、傷つき、意味もないことだが怒っていたのである。(怒りの根底にある気持ちはどんな時も悲しみだ)
それにしても、一つ成長したなと思えたことがある。
それは、その悲しみをずーっと引きずらないようになったことである。
以前ならば、特に高校生の時なんかは、そのことでずーーっと苦しみ続けただろう。
今ももちろん苦しんでいるのだが、意識的に考えないようにする術も身に着けたようだ。
生活の基盤が以前よりしっかりしているからだろうか。
大学、というのも大きいか。高校だったらクラスから逃げられないからね。
そして、記事にしてみることで多少は整理もつくもんだね。
もう引きずらない。それで、今学期のあと1か月はちゃんと頑張って大学に行く!
ま、そうはいってもうまくいかないことの方が多いんだけどね。