価値観を変えた、メンヘラビッチちゃんとの出会い③
彼女とのLINEのやり取りで、割と何でも話せるようになってきたころだった。
彼女は下ネタが好きで、お酒も好きで、僕と同じく尾崎豊が好きで、病んでいる人も好きだということがわかっていた。
彼女は夏休みも明け、ついにバイトを始めようと思ったらしい。
酒屋で初めてのバイトを始めることになった彼女を僕は祝福した。
彼女は「落ちたら風俗で働こうかと思っていた」と言う。
そう、彼女は孤独なダンサーなのである。
愚かな僕は浅はかにも、僕が救ってあげるしかないと思っていた。
よくあるクサい説教ではあるが、「親が悲しむで」という類のことを伝えた。
すると彼女は、
「親は子どもさえ作らなければ誰とどこで何をしてもいいよ、って言ってた。それを信じて男を家に連れ込んでたら親に怒られた」と。
このときの僕の「え?」という感情。
日本語でなんて言うのだろう。背中に冷や汗が滲むような。
そして、
「三回生にセフレがいる」
と聞いたとき、血の気がさーっと引いていくように、僕はなぜだか絶望した。
すごく子供じみているかもしれないけれど。
そのセフレというのは、平日はほぼ毎日家にいること。彼女の部屋の合鍵を持っていること。入学直後から半年ほど一緒にいること。本当はセフレがいるからあまり友達を作ろうと思わなかったこと。そして何より、虚しいこと。それでも寂しいから離れられないことを聞いた。
唖然とした・・・
セックスというのは恋愛の末にたどり着く甘いものだと信じていた・・・わけではなかったかもしれないが、セフレというものがそんなに身近に、普通に存在することに衝撃を受けたことを覚えている。
彼女はさらに、そのセフレだけでなく、新歓で出会った先輩や、Tinderで出会った男、Twitterで少し有名なおっさん(アルファツイッタラーと言っていたが)など、いろいろな男との関係があることを暴露した。
とりあえず僕がそういうものに対して嫌悪感を抱いたのは言うまでもない。
彼女は、「セフレ、楽やで。だって誕生日とか記念日とかないからお金かからんし、性欲は満たせるし。他の人と会ってもいいし」という。
彼女にはセフレがいたんだ。。。そうか、そうなのか。。。
たぶん、ショックだった。そして僕の価値観は大きく揺らいだ。
それでも彼女は、言うまでもなく幸せそうではなかった。
僕が救ってあげたい。そんなキモヲタ童貞の独りよがりがそれでもあった。
その後、会って話した際に首筋の跡について尋ねてみると、案の定キスマークだった。
「首筋にキスマークつけるのなんて高校生までやでな、はははー」
という彼女。
20歳にもなって童貞だった僕は、とにかく自分が惨めで仕方なかった。
かくして、友人のsくんの言う通り、彼女には深いワケがあったわけだ。
いやぁ、恐れ入った。
その後、前々から彼女と約束していたのだが、学校終わりに居酒屋で飲む機会があった。
彼女と話すのは本当に楽しかった。
話題も尽きないし、なによりお互い病んでいる同士であることが心地よかったのだろう。
僕も彼女も、できることなら生まれてこなければよかったと思っていた。
そしてこれはメンヘラによくあることだが、しきりに自分のことをブスだと言っていた。鏡を見ると死にたくなると。
もちろん、実際はブサイクではない。
彼女は親にずっと罵られて育ってきたらしい。
そして弟と容姿をいつも比較されていた。
彼女には、セックスで一時の快楽を与えてくれる男ではなく、本当に心から愛してくれる人が必要なことは明らかだった。
そして傲慢にも、僕にはその役割ができると思っていた。
酒を煽りながら、病みながら、互いのことを語った。
そして、誰が何と言おうと、彼女には生きている価値があること、きっと望まれて生を受けたことを熱弁した。
お互い、時には涙を流しながら。
すごく楽しかった。
そうしているうちに、地下鉄の終電を逃してしまったのである。
やましい気持ちがあったかどうかは覚えていない。
いや、たぶんあったのだろう。。。
彼女は「うちに泊まっていく?」と言った。
僕はもちろんうれしかったのだが、
「あ、でもセフレ家おるらしいわ」という一言を聞き、それはもう情けない気持ちになった。
彼女がセフレにうまいように利用されているのは明らかだった。
金を貸してと言われたこともあれば、勝手に彼女の自転車を使ったり、家代わりに使い(セフレの実家は大阪で、大学は京都)、性欲を満たす。
僕が激しい嫌悪感を抱いたのは、倫理的な問題だと思っていたが、本当はそいつがうらやましかっただけなのかもしれない。
僕は結局のところ、そういう人間だったのだ。
僕は当時、学校から4kmほど離れた学生寮に住んでいたので、彼女の自転車を貸してもらい、帰ることになった。彼女は徒歩でセフレの待つ下宿へ帰ることに。
居酒屋を出て、今日は楽しかったよと手を振った時、彼女がはにかんだとき、
さすがの僕でもわかっていた。
今、僕が本気で彼女を愛することを誓って抱きしめれば。利用されているセフレを追い出してともに歩もうと言えば。
たぶん付き合うことはできたと思う。
もちろんその後のことはわからないけれど。
それでも、僕はそうしなかった。そうできなかった。
彼女にとって僕は、普通の友達でいてあげたい。体だけの虚しい関係じゃなく、本当の友情というものがあることを証明したい、と。
少しでもやましい気持ちを抱えている時点でそのような欺瞞は成立しないことは今となってはよくわかる。
本当は、ただただ怖かっただけなのだ。自分に自信がなかっただけだった。
「でも、(セフレのセックスが)上手いんだよなぁ・・・」
そう言っていた彼女。僕はしり込みしてしまったのだ。
そして、本当に彼女のことを強く愛する覚悟があるのかも怪しかった。
僕も結局はその男と一緒で彼女を利用したいだけなのでは、と。
僕は彼女に手を振り、自転車を北に向かって漕ぎ始めた。
酒のせいなのか、初めて京都を自転車で走ったからか。
秋の予感を感じさせる風の中、どこか清々しさを感じていた。
ずっと先の話ではあるが、彼女にはバイト先で出会った年上の彼氏ができた。
セフレもひと悶着の末に追い出し、とても幸せそうだった。
僕も彼女も、やはり必要なのは無条件の愛だったことを確認したのである。
僕は、彼女が幸せそうなことを心から喜んだ。
そう、これでよかったのだ。
sくんと彼女とは3人で今も仲良くしている。
しょうもない下ネタを話したりしながら。
ありがたいことに、僕の数少ない友人となった。
かくして、僕の価値観は大きく変わってしまった。
童貞コンプレックスと結びついて、自分はなんて無価値な人間なのだろうとより強く思うようになった。
本当は彼女のセフレも、彼女のことさえも羨ましいと思っていたのだ。
男は遊んだ末に一人の女性に落ち着くものだとしたら、今遊ばないでどうする、と。
学生時代にモテなかった人が将来こじれて浮気したりするらしいじゃないか。
そんなことを思うと、余計に自分が無価値な人間だと思えて仕方なくなるのだった。。。